|
人々の一攫千金の夢をかなえる宝くじ。
この原型となる「富くじ」が日本で初めて発売されたのは、今から約380年前の江戸時代初期です。
摂津箕面(現在の大阪府箕面市)の龍安寺で正月の元旦から7日までに参詣した男女が自分の名前を書いた木札を木箱の中に入れ、当選すると福運のお
守りを授けられたのが始まりだといわれています。
7日の抽選日に寺僧が木箱の中に木札をキリで突き刺して当り札を選んだため、「富突き」とも呼ばれました。
龍安寺のくじは、その後金銭が当たる「富くじ」となり、町で大ブームになりました。
やがて富くじが人々の間で乱用されるようになり、幕府は1692年に富くじの禁令を出しました。
しかし、幕府は神社の修復費を確保するために、神社に限って富くじの販売を許可し、天下御免の[御免くじ」と呼ばれました。
なかでも谷中の感応寺、目黒の龍泉寺、湯島天神の御免くじは有名で、「江戸の三富」と呼ばれていたそうです。
その後、富くじは天保の改革や明治時代の「大政官布告」によって禁止され、その後長い間発売されることはありませんでした。
富くじが復活したのは1945年7月、第二次世界大戦末期のことです。
政府は軍事費の調達を図るために「勝札」を発売。
しかし、抽選日(8月25日)を前に敗戦となり、皮肉にも「負札」と呼ばれる結果となってしまいました。
現在の「宝くじ」の始まりとなったのは、同年10月に発売された「宝くじ」。
戦後の復興資金を収集する目的で行われ、当時1枚10円で発売されました。
終戦直後の貧しい生活事情を反映して、1等賞金10万円には純綿の布50ヤール(45メートル)が付加されました。
また、はずれ券4枚でたばこ10本がもらえました。
12月にはタバコと引き換えを行う即決スピードくじが登場し、爆発的な人気となりました。
その後も野球くじjや競馬くじ、三角くじなどさまざまなタイプが発売され、宝くじは人々の間に定着していきました。
現在は従来の宝くじに加えて、ナンバーズ、ミニロト、ロト6など種類も豊富になっています。
宝くじは、さまざまな形に姿を変えながら、今日に至るまで人々に夢を与え続けています。
FPジャーナルより
|